雪の結晶コレクション――『雪華図説』から

子どもの頃、雪の日に“雪の結晶を見よう”と息を止めて手のひらをのぞき込んだ記憶がある方は多いと思います。故郷の熊本では、雪はめったに降りませんでした。なので雪が降った日は特別で、雪だるまを作ったり雪玉を投げ合ったり――と夢中で遊んでいるうちに、せっかくの雪はすぐに溶けてしまう。結晶そのものをじっくり見られた時間は、ほんのわずかだったのかもしれません。
そんな「見たくても見きれなかった小さな世界」を、江戸時代の一人の人物が執念深く追いかけ、かたちに残しました。それが『雪華図説』(せっかずせつ)です。今回の記事では、作品の背景と『雪華図説』が持つデザインとしての力をご紹介します。

「雪の殿様」土井利位という人

『雪華図説』の著者は、下総国古河藩主の土井利位(どい・としつら/1789–1848)。10代の頃から雪の結晶観察を続け、顕微鏡を用いた観察図をまとめました。天保3年(1832)刊の『雪華図説』には、利位による観察図86種に加え、オランダ人マルチネット(オランダの牧師/1729-1795)の著作『格致問答』からの引用図12種が収録されています。自然に忠実でありながら、同時に図案としても美しい――このことが今なお『雪華図説』を特別な存在にしています。
商人で随筆家の鈴木牧之(すずき・ぼくし/1770-1842)の雪国の風俗・習慣が書かれた「北越雪譜」(天保12年(1841年)刊)にこの『雪華図説』の結晶図が引用されたことにより『雪華図説』は評判となりました。
天保11年(1840)には97 個の結晶図を収めた『続雪華図説』が出版されました。

『雪華図説』はどんな本か――科学と図案のあいだ

『雪華図説』の魅力は、単に「珍しい自然観察の記録」では終わらないところにあります。六角形を基調にしつつ、枝分かれのリズム、空白の取り方、対称性の揺れ。理科の図鑑のようでいて、どこか文様集のようでもありります。
雪の結晶が、現象から“形”へ、さらに“意匠”へと変換されていく瞬間が、ページの中に封じ込められているように感じます。

土井利位『雪華図説』,刊,天保3. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/2536975 (参照 2025-12-21)

どうやって観察したのか――「見える条件」を整える

雪の結晶は、観察が難しいです。落ちた瞬間から融けはじめ、手の熱でも形が崩れる。だからこそ、観察には「短時間で」「形を浮き上がらせる」工夫が必要になると思います。観察対象の上から光を当てて黒に漆塗りの地に、雪を白く輝かせて観察したとされています。利位は顕微鏡を用い、結晶の輪郭や枝先の分岐を丁寧に写し取っていきました。写真のない時代に、結晶の一瞬を“描写の精度”で留める。そこには観察者の目と手が同時に鍛えられていく、静かな緊張感があります。

印刷の工夫――雪華を“組む”ことで速く刷る

そしてもう一つ、見逃せないのが印刷です。雪華図は「結晶1個ずつ独立した判」として用意され、それらを1面12個の枠だけを貼った1丁分の版木に“はめ込んで”刷る技術だったことが証明されています。
雪華をパーツとして扱い、必要な配置で組み上げることで、製版を容易にし、印刷に要する日数の短縮にもつながった――という見立てです。この方法だと、組み合わせや摩耗した版だけを差し替えたり別版が作れたりなどが容易になるかと思われます。結晶の多様さを、運用可能な工程に落とし込む。ここにも『雪華図説』が「研究」だけでなく「制作物」として成立している理由が見えます。

図から文様へ――「雪華文」が流行した時代

『雪華図説』が刊行された江戸後期、この雪のかたちは“雪華文(せっかもん)”として愛好され、家紋や着物の文様、刀の鍔、印籠などに取り入れられていきます。顕微鏡がもたらしたミクロの造形が、そのままファッションへ移植される――この展開が面白い。実際、雪の結晶を花のように扱った意匠は、当時の着物や小物を飾り、浮世絵の美人画にも「雪華文の着物」をまとった女性が描かれています。
日本の家紋は自然や動物、日常の物などが多く家紋化されています。その中で一番大きいものは土星や星、月などでしょうか。そして一番小さいのがこの雪の結晶ということになるでしょうか。

国貞改二代豊国『百人一首絵抄 十五 光孝天皇』,佐野喜. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1313075 (参照 2025-12-20)



香蝶楼豊国,一陽斎豊国,国貞舎豊国『姫小松野辺糸遊』,蔦屋吉蔵. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1301949/1/2 (参照 2025-12-22)

左の女性の着物の部分拡大

右側の青い襖に雪華文が描かれています。

国貞舎豊国『其姿紫の写絵 三』,泉市. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1303503 (参照 2025-12-20)

この他に渓斎英泉の浮世絵があります。ここでは紹介できないのでリンク先をご覧ください。
「雪の殿様」が生んだ江戸の流行

名称:雪華文七宝鐔
作者:平田春寛
時代世紀:江戸時代・文政11年(1828)
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/F-19883)

日本の家紋
発行日:2005年4月1日 第三版発行
発行所:株式会社青幻社
ISBN:978-4-86152-003-7 C2072

1972年の札幌冬季オリンピックのエンブレムに雪花文を基にした永井一正さんのデザインが採用されました。
https://www.olympics.com/ja/olympic-games/sapporo-1972/logo-design

もう一冊――現代の視点で読む「結晶の美」

雪の結晶は、見るほどに“不思議な美しさ”があります。現代の入門書として手元に置いているのが、次の一冊です。雪の結晶がどうしてできるのか、成長の仕方、さまざまな形の紹介から観察方法まで豊富な顕微鏡写真で雪の結晶の神秘性に迫ります。このコンパクトな一冊で雪の結晶が丸わかりになります。
著者は世界的に有名な研究者で、映画「アナと雪の女王」における雪の結晶の監修を務めたそうです。

江戸の観察記録と、現代の科学的な視点。両方を行き来すると、『雪華図説』の図版が「昔の資料」ではなく、今も使える造形のカタログとして立ち上がってきます。

雪の結晶 小さな神秘の世界
著者:ケン・リブレクト 
訳者:矢野 真千子
発行日:2008年11月30日 初版発行
発行所:河出書房新社
ISBN:978-4-309-25226-1
在庫がある新装版
ISBN:978-4-309-25642-9 ● Cコード:0044

雪の結晶コレクションとして――図版を切り出し、現代のデザインへ

今回のコレクションでは、国会図書館デジタルコレクションの『雪華図説』から図版のみを切り出し、加工しています。結晶は“自然の記録”でありながら、“人の手を通った造形”でもあります。だからこそ、線の強弱、余白、反復、配置――編集の仕方で表情が変わる。
一瞬で消える雪を、紙の上で保存し、さらに文様として流通させた江戸の知恵に敬意を払いつつ、現代の目で「この形をどのように活かせるか」を考える一助になればと思います。
ここでは言及しませんでしたが、家臣の蘭学者・洋学者である鷹見泉石(たかみ・せんせき)や日本における顕微鏡の歴史など雪華図説から派生する事柄もたくさんあるので、興味がある方は調べてみるのも良いかと思います。

雪華図説について詳しく知りたい方は青空文庫にある『雪華図説』の研究『雪華図説』の研究後日譚(中谷宇吉郎 著)があります。

雪華図説(0001~0017)
土井利位『雪華図説』,刊,天保3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2536975 (参照 2025-12-21)
続雪華図説(0018~0033)は下記より収録
三枝博音 編『日本科学古典全書』第6巻 (諸科学篇 理学),朝日新聞社,1942. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1754701 (参照 2025-12-21)

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