今回は「人相図コレクション」です。
国会図書館デジタルコレクションの中から、江戸から明治・大正・昭和にかけて刊行された人相図を探し出し、グラフィックとしての魅力に焦点を当ててみました。
人相術とは──顔を読むという古い知恵
人相術とは、文字どおり人の「相」、つまり顔や身体の特徴からその人の性格や運勢を読み取ろうとする知識体系のことです。
古代中国から伝わり、日本でも中世以降に盛んに研究されたといいます。代表的な典籍として『相理衡眞(そうりこうしん)』や『三才圖會(さんさいずえ)』があり、これらには人相術に関する図版や解説が詳しく載せられています。どちらも当時の知識の集大成であり、顔の各部位が意味を持つと考えられていたそうです。

https://dl.ndl.go.jp/pid/760432 (参照 2025-10-06)
人相図との出会い──グラフィックとしての魅力
人相図という存在を初めて意識したのは、故・粟津潔さんの作品の中でした。
粟津さんのデザインには、指紋や印章などのモチーフとともに、人相図のような図像が登場します。彼の作品には、グラフィックの中に「人間の痕跡」を残そうとする意志があり、記号と生命感の両立、土俗的な魅力があります。
『粟津潔デザイン図絵(青幻社・2006年)』をめくると、その造形への探究心があらゆるページから伝わってきます。
粟津潔デザイン図絵(復刻版) P88
発行 2006 年5月15日 初版発行
著者 粟津潔
発行所 株式会社 青幻社
私自身も、呪符や易占関連の図版を調べているうちに、占い書の一角に「人相図」が現れるのを見つけました。
占いはまったく信じていませんが、こうした図版のグラフィックとしての構成美には惹かれるものがあります。そこで、重複も含めて集めてみることにしました。
いわば「信仰ではなく造形としての人相図」──これが今回のコレクションの出発点です。
顔という地図──人相図の面白さ
人相図の面白さは、何といっても「顔の上に文字が書かれている」という大胆な構成にあります。
額には知恵、眉には徳、鼻には財運、頬には勇気──顔全体がまるで地図のように分割され、それぞれの部位が象徴的な意味を担っています。見る者は自然と、顔という平面を「読み解く」ことを求められます。つまり、人相図は“顔を地図化したグラフィック”とも言えます。
この「地図化の手法」は、後年のデザイン論でもしばしば取り上げられています。
たとえば『別冊宝島㊽ 自信を持ちたいあなたのためのイメージ生産の技術』(西岡文彦編著/JICC出版局, 1985)では、「情報や感情を空間上に配置して関係性を視覚化する」ことが地図化の本質であると論じられています。
地図とは単に位置を示す図ではなく、思考の構造を可視化する方法──つまり、見えない関係を「見えるかたち」に変換するデザインなのです。
そう考えると、人相図は極めて先鋭的な“可視化の実験”とも言えます。
人間の内面(運命や性格)という本来目に見えない領域を、顔というパーソナルな空間に投影し、図として表した――その発想の大胆さと造形的な美しさに、現代の情報デザインにも通じる魅力が感じられます。
顔の輪郭は世界の境界線であり、額から顎にかけてのラインは地形図の等高線のようです。
そこにびっしりと書き込まれた文字は、まるで街の地名や地勢を記すかのよう。
人相図は、人間という小宇宙を、見取り図のように描こうとした試みだったのかもしれません。
別冊宝島㊽ 自信を持ちたいあなたのためのイメージ生産の技術 P18
発行 1985年8月25日発行
編・著 西岡文彦
発行所 JICC(ジック)出版局
フォーク・イラストレーションとしての魅力
イラストレーターでありライターでもあった故・河原淳さんは、『日本(フォーク)イラストレーション 庶民的発想の源流』(鳳山社・1968年)の中で、こうした図を「稚拙だが人間臭く、手先だけではなく心で歌っている」と評しています。
まさに「フォークソングならぬフォークイラストレーション」。
河原さん自身、商業デザインの現場を離れ、庶民的な造形の中に“生活の詩”を見出そうとした人でした。
デジタル技術によって、イラストレーションも3D化や写実化が進み、より精密で美しい作品が増えています。
しかし、こうしたフォークイラストレーションの持つ、手の揺らぎや線のかすれ、作者の息づかいのような“温度”は、今も決して色あせないと思います。
人相図の素朴な筆致には、人が「描かずにはいられなかった」時代の熱が宿っているのです。
日本(フォーク)イラストレーション
庶民的発想の源流 P8
発行 昭和43年11月5日発行
編著者 河原淳
発行所 鳳山社
おわりに──デザインの原点をたどる
人相図は単なる占い図ではなく、文化と造形が交差する地点にあるビジュアルアーカイブです。
「顔」という最も身近なモチーフを通して、人が世界をどう捉えてきたかを示す貴重な資料でもあります。
今回のコレクションでは、易占のみならず、性相・骨相など多様な分野の図版も含まれています。
すべて国会図書館デジタルコレクションのパブリックドメインデータ(裁定図書を除く)を加工・使用しています。




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