今回は、空海(弘法大師)が揮毫した「益田池碑銘」についてご紹介します。
益田池碑銘とは、空海が大和国(現在の奈良県)の益田池の完成を記念して、自ら撰文し、巨大な石碑に力強く書き上げた碑文です。この碑文には、空海が自然との共生、人々の暮らしへの思い、そして仏教の教えを深く込めていると考えられています。雑体書と呼ばれる書体を縦横無尽に駆使した面白い碑文です。ギャラリーでご確認ください。(何種類かある写しの一つです。)
現在この碑は残っていません。築城のため取り壊され石垣に使われたとも言われています。碑文をChatGTP 4oで現代語に翻訳しましたが、内容について正確かどうかの判断がつきませんので、参考程度にお読みください。
(ヘッダー画像はChatGPT 4oによるイメージを基に加工した画像です。肖像、仏具、背景等は架空のものです。)
| 漢文 | 現代語訳 |
|---|---|
| 大和州益田池碑銘并序 沙門遍照金剛文幷書 | 大和の国、益田池のことを記した碑の銘文と序文である。仏門に入った遍照金剛(へんじょうこんごう)がこの文を作り、自ら筆を取って記した。 |
| 若夫。咸星銀漢。下灑之功深。胡水天地。上潤之徳普。 | そもそも、天の川のすべての星々は、下に潤いをもたらす大きな力を持ち、また胡地の水も天地を潤す。その徳は広く行き渡っている。 |
| 故能屮芔因之而鬱茂。蟲卵賴之長生。 | それゆえ草木はこの水によって繁茂し、虫や卵も命を長らえることができる。 |
| 至若八氣播植。五才陶治。北方之行偏居其最。 | 八つの気が万物に行き渡り、五つの性質がすべてのものを育てる。 北方の働きはその中でも際立っている。 |
| 坎之爲徳遠矣哉。皇矣哉奧有。 | 坎(水)の徳はまことに深遠であり、尊くも奥深いものである。 |
| 益田池。兩尊鼻子之州。八烏初導之國。 | この益田池は、かつての偉大なる君主が治めた土地にあり、神が最初に導いた国である。 |
| 地是漢諳之舊宅。號則村井之故名。 | この地は、漢人に親しまれていた旧い住まいであり、名は昔「村井」と呼ばれていた。 |
| 去弘仁十三年。仲冬之月。前和州監察 藤納言弎紀太守末等。 | 弘仁13年(822年)の冬の半ば、前の大和国監察官であった藤原納言および紀の太守らが、 |
| 慮亢陽之可支。歎膏腴之未開。 | 旱魃(ひでり)に備えることを考え、肥沃な土地がまだ活かされていないことを嘆いた。 |
| 占斯勝慮。奏請之。綸詔卽應。 | この優れた地に目をつけ、朝廷に奏上したところ、すぐに詔(みことのり)が下された。 |
| 爰則令藤紀二公。及園律師等剏功。 | ここに藤原氏と紀氏の二人の公、そして園律師らが協力して築造を開始した。 |
| 未幾 皇帝遊駕汾襄。藤公従之辭職。紀守亦遷越前。 | ほどなくして、天皇は汾襄(ふんじょう)方面へ行幸され、藤原公はこれに従って職を辞し、紀の太守もまた越前へ転任となった。 |
| 今上膺揖譲。馭舜寶圖。照玉燭乎二儀。撫赤子於八島。 | 今の天子(今上天皇)は、平和的に譲位を受けて舜のような理想的な帝位を治め、日月のごとく天地を照らし、八つの島国(日本全土)の民を慈しんでおられる。 |
| 簡伴平章事國道。代撿國事。幷抜藤廣任刺史。 | 重臣の伴国道(とものくにみち)が政務を司り、国政の監督にあたり、藤原広任を地方長官として抜擢した。 |
| 两公撿校池事。於焉青鳬引塊。數千之馬日聚。 | この二人の公(伴氏と藤氏)が池の建設を検査監督し、するとそこに青鴨(あおがも)が群れ集い、数千の馬が日ごとに集結するようになった。 |
| 赤馬驅人。百計之夫夜集。 | 赤毛の馬が人々を駆り立て、あらゆる工夫を持つ人夫たちが夜を徹して集まった。 |
| 既而車馬轟轟而電往。男女磤磤而靁歸。 | やがて、車馬は雷鳴のように轟き、電光のように行き交い、男女はあふれかえり、雷のように帰っていった。 |
| 土雰雰而雪積。堤條忽而雲騰。 | 土はしっとりと湿り、まるで雪が積もるように見え、 堤防の土が積み上げられるさまは、雲が立ちのぼるかのようであった。 |
| 宛如靈神之挺埴。還疑洪鑢之化産。 | まるで神が粘土をこねて造ったようであり、これは洪水を鎮める神の賜物ではないかと疑われるほどであった。 |
| 成也不日。畢也不年。造之人也。辨之天也。 | 池の完成は短日にして成り、年を越すこともなく終わった。これは人が造ったものでありながら、天が成し遂げたかのようである。 |
| 爾之池之爲状也。左龍寺。右鳥陵。 | この池の景観はというと、左には龍の寺(龍寺)、右には鳥の墓(鳥陵)があり、 |
| 大墓南聳。畝傍北峙。 | 南には巨大な古墳が聳え、北には畝傍山がそびえ立っている。 |
| 米眼精舍鎭其艮。武遮荒壟押其坤。 | 「米眼精舎」が東北方にあり、武遮の荒れ地が南西をしっかりと押さえている。 |
| 十餘大陵聯綿虎踞。四面長阜邐迤龍臥。 | 十を超える大古墳が連なり、虎がうずくまるような形をなし、四方の丘陵はゆるやかに続き、龍が横たわっているようである。 |
| 雲蕩松嶺之上。水激檜隈之下。 | 雲は松林の峰の上をたゆたって流れ、水は檜の林の谷間で激しく流れている。 |
| 春繡映池。觀者忘歸。秋錦開林。遊人不倦。 | 春には池に花々が刺繍のように映え、見る者は帰るのを忘れ、秋には錦のような紅葉が林を彩り、訪れる者は飽きることがない。 |
| 鴛鴦鳬鴨 戯水奏歌。玄鶴黄鵠 遊汀爭舞。 | 鴛鴦(おしどり)やカモたちが水辺で戯れ、まるで歌を奏でるように泳ぎ回る。また、黒い鶴や黄色いコウノトリが水辺で遊び、互いに舞いを競い合っている。 |
| 龜龞延頸。鮒鯉棹尾。 | 亀やすっぽんは首を伸ばし、フナやコイは尾を振って泳いでいる。 |
| 淵獺祭魚。林烏反哺。 | 深淵ではカワウソが魚を祭るように並べ、森のカラスは子に食べ物を与えている。 |
| 洎如積水含天。疊山倒景。深也似海。廣也超淮。 | 池はまるで天を抱くように水を湛え、重なる山々は水面に逆さに映っている。その深さは海のようであり、その広がりは中国の淮河(わいが)すら凌ぐ。 |
| 笑昆明之悲儔。晒耨達之猶小。 | 中国の有名な昆明池の悲しい仲間(=小ささ)を笑い、農耕用の小さな池など比較にならないとばかりである。 |
| 虎嘯鼓濤則驚汰沃漢。龍吟決堤則容與不飽。 | 虎が咆哮し、波が荒れれば、大河・漢水(かんすい)も洗い流されるような驚き。龍がうねり、堤を破っても、この池の豊かさは尽きることがない。 |
| 襄陵之罔象 不得溢其塘。焦山之女魃 不能涸其底。 | 襄陵の洪水でも池の堤を越えることはできず、焦山に現れる旱魃の妖怪「女魃(じょばつ)」でも池を干上がらせることはできない。 |
| 六郡蒙潤萬澮湯湯。一人有慶兆民賴之。 | 六つの郡に潤いを与え、無数の水路に豊かな水が流れる。一人の善政によって、多くの民がその恩恵を受けている。 |
| 舞之蹈之。詠千箱以撃腹。手之足之唱萬歳而忘力。 | 人々は舞い、足を踏み鳴らして喜び、腹鼓を打ちながら歌を詠み、手を振り足で調子を取り、「万歳!」と叫んで力尽きるのも忘れるほどである。 |
| 歎蒼海之數變。索余銘詞乎余筆。 | この大海のような池の変遷に感動し、私(遍照)に記録する文を求められた。 |
| 貧道不才。當仁。固辭不能。 | 私は無才の僧ではあるが、この大事を任されては断ることができず、 |
| 課虛吐章。廼爲銘曰。 | 思いのままに筆を進めて、このような銘文を記すことにした。 |
| 希夷象帝。丄丄未萠。 | 混沌とした宇宙の始まりに、帝の意志が象(かたち)となる前の状態があった。 |
| 盤古不出。國常無生。元氣倏動。葦牙乍驚。 | 盤古(天地創造の神)がまだ現れず、国には生命がなかったが、元気(宇宙の元の力)が突如として動き、アシの芽が突然驚いたように芽吹いた。 |
| 八風扇鼓。五才縦横。 | 八方の風が扇のように吹き、五つの元素が自在に動き出す。 |
| 【其一】 日月運轉。山河錯峙。千名森羅。萬物雑起。 藤膚既隱。稷秔爰始。天地人地。灑霑功似。 | (第1章) 太陽と月は天空をめぐり、山や川は互いに対峙しながらそびえ立つ。幾千もの名前(神仏)が整然と並び、万物が一斉に姿を現す。藤の葉が隠れ、稲や麦がここから芽生えた。天も地も、人も土地も、すべてに潤いを与える功績は計り知れない。 |
| 【其二】 前尭後禹。慮厚恤人。智略廣運。慈悲且仁。 機事不測。成功若神。潤物如雨。榮人似春。 | (第2章) 古の尭帝や、後の禹帝のように、深く人を思い、広い知恵と策略で国を導いた。その慈悲と仁愛はあふれ、計画と行動はまさに神のように的確で、雨のように万物を潤し、人々に春のような喜びをもたらした。 |
| 【其三】 綸綍雷震。有司創功。紀藤薙草。果績圓豐。 伴相施計。原守在公。良才奇術。民具靡風。 | (第3章) 詔勅は雷のごとく速やかに下り、役人たちは事業を起こした。紀氏・藤氏は草を刈り土地を整備し、見事な成果をおさめた。伴氏はよく計画を立て、国司はこれに忠実にあたった。すぐれた人材と巧妙な技術により、人々も風に靡くように従った。 |
| 【其四】 爰有一坎。其名益田。堀之人力。成也自天。 車馬霧聚。女男雲連。歸來似子。畢功不年。 | (第4章) ここに一つの低地があり、それを「益田」と呼んだ。これを人々が掘り起こし、天の助けもあって完成に至った。車馬は霧のように集まり、男女は雲のごとく連なった。人々はわが子のように池を愛し、年を越すことなく完成した。 |
| 【其五】 深而且廣。鏡徹紺色。滉瀁渺瀰。瞻望罔極。 百渓之宗。萬波之職。魚鳥涵泳。虬龍斯匿。 | (第5章) この池は深く、そして広い。その水面は藍色の鏡のように澄み渡り、広く深く果てしない。見渡せば限りがなく、百の川の源であり、万の波を束ねる存在である。魚も鳥もこの水に遊び、龍すらもここに身を隠している。 |
| 【其六】 畎澮汎溢。甾畬播殖。孳孳我蓻。穟穟我穡。 如坻如京。足兵足食。井田我事。尭帝何力。 | (第6章) 灌漑の水路はあふれ、畑や焼き畑にも水が行き渡る。種を蒔く者はたゆまず働き、穂は実り、豊かな収穫が得られる。まるで大都市のように整い、兵も食も十分に満たされる。井田制のように公平な土地制度により、もはや堯帝の助けさえ不要なほどだ。 |
| 【其七】 天長弐年。歳在大荒落。玄月弐十五日建之。 | (第7章/完成の年) 天長2年(825年)、年は「大荒落」、9月(玄月)の25日、池は完成した。 |
| 結びの句 之。池X上 | ※文末は判読不能な文字(X)や途中欠落があり明確ではありませんが、「この池は…」という意味で締めくくられているようです。 |
主な参考文献・出典
- 『貯水池開発事業記-『大和の洲益田の池の碑銘並びに序』空海文〈現代語訳〉』
北尾克三郎氏による現代語訳と解説が掲載されており、碑文の内容や背景について詳細に述べられています。 - 『益田池碑銘 [空海] 解説1』
坂田光全氏の『性霊集講義』に基づく解説で、碑文の各句についての字訓や講義が記されています。 - 『益田池 – Wikipedia』
益田池の歴史や碑文の概要、空海の関与についてまとめられています。 - 『大和州益田池碑』 – 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ
碑文の原文が掲載されており、原典の確認が可能です。

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